東京高等裁判所 昭和38年(ネ)1313号 判決 1965年4月27日
控訴人(原告) 飯塚和夫 外九名
被控訴人(被告) 国
訴訟代理人 小林定人 外三名
主文
本件控訴をいずれも棄却する。
控訴費用は、控訴人らの負担とする。
事実
控訴人ら代理人は、「原判決中金員支払請求を棄却した部分を取消す。被控訴人は、控訴人飯塚和夫に対し金三千七百三十五円、控訴人武石梺に対し金四千百六円、控訴人田村幸彦に対し金五千八百十八円、控訴人小山和夫に対し金三千七百八十六円、控訴人小野慎之に対し金三千七百八十六円、控訴人奈良勇に対し金九千七百五十三円、控訴人木崎隆美に対し金四千六百五十二円、控訴人長塚勝正に対し金四千三百七十一円、控訴人松崎忠夫に対し金四千四百円、控訴人鈴木安雄に対し金五千五百九十七円およびいずれも右各金員に対する昭和三十四年十月九日から支払済みに至るまで年五分の割合による金員を支払え。訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする。」との判決並びに仮執行の宣言を求め、被控訴代理人は主文第一項と同旨の判決を求めた。
当事者双方の事実上の陳述並びに証拠の提出、援用、認否は以下に附加するほか、すべて原判決の事実欄に記載してあるところと同一であるから、ここにこれを引用する。
第一、控訴人ら代理人の陳述
一、新たな主張
休憩時間中に集会その他の組合活動を行つていたことは、労使間を拘束する慣行によるものである。即ち、基地内での組合活動特に休憩時間内の集会その他が自由に行われたことは全駐労と調達庁長官との間における昭和二十七年十一月二十九日の申合せによるものであり、かつそれに従つて立川基地でも労使間においてこれが確認され実施されていたのであつた。
以上の経過に照らせば、休憩時間中の集会その他組合活動を行うことが自由であつたことを事実たる慣行と認定するか、または法的確信にまで達した慣習法と認定するかは専ら事実評価の問題であるが、控訴人は第一審での不明確な主張を整理し、ここに労使双方をも拘束する労働慣行となつていたものと主張する。
二、なお原判決事実摘示第二の二、の4のうち「同年九月一五日午後零時五〇分頃までの間」とあるのは(原判決五枚目表二行目)、「同年九月一五日午後零時二〇分頃から零時五〇分頃までの間」の趣旨である。
第二、被控訴人代理人の陳述
控訴人ら代理人は、本件ブラツドレー書簡が発せられる以前、休憩時間中に集会その他組合活動を行うことが自由である慣行があり、それが法的確信にまで達して労使双方を拘束していたと主張するが、かかる慣行があつたとの主張は事実に反する。
当時の立川基地内における休憩時間中の組合活動の実態は、控訴人ら主張のように自由な組合活動が行われていたものではなく、職場によつて異なつており、しかもこれが流動的に変化していたものであつて強いてこれを分類すれば次の三種類があげられる。
(一) 米軍監督者の事前の許可を得て行われていた職場
(二) 米軍監督者に対して事前の許可等を得ることなく、その不知の間に行われていた職場
(三) 米軍監督者に事前の許可を申出ても許可されない職場
これらの職場においても米軍監督者が代ることにより組合活動に対する規制に変化が生じ、常に流動的であつて、従つて一つの職場において慣習として固定化することはなかつたとも言いうるのである。
しこうしてこの状態は、昭和二十七年の労働協約締結後もその第五十八条は組合活動の原則を確認したものであつて、軍の権限を排除するものではない旨の確認事項があつたため、何ら変るところがなかつたのである。
従つて、立川基地内において休憩時間中自由に組合活動を行えるという慣習があつたとはいえず、ましてそれが法的確信にまで高められていたということはできない。
第三、新たな証拠<省略>
理由
控訴人ら主張の事実中、控訴人らがいずれも被控訴人に雇われて在日米空軍立川基地に勤務する駐留軍労務者として、全駐留軍労働組合東京地区立川支部所属の組合員であること、右立川基地内において米軍の許可がないのに休憩時間中に、
(イ) 控訴人飯塚和夫(立川基地サプライ・インベントリー・ブランチ勤務、前記立川支部執行委員)が昭和三十三年九月九日午後零時三十分頃から零時四十五分頃までの間、第九三〇号建物附近で開かれたトランスポーテーシヨン職場委員会に参加し、組合関係事項の報告を行つた。
(ロ) 控訴人武石梺、同田村幸彦(いずれも右サプライ・インベントリー・ブランチ勤務)が同月十五日午後零時過頃、第九三〇号建物北側で、組合員約二百五十名参集の集会を開催し、組合関係事項の報告を行つた。
(ハ) 控訴人小山和夫、同小野慎之(いずれも前記基地フツド・サービス・ブランチ勤務)が同月二十二日午後一時から一時三十分までの間、兵站食堂において職場報告会を開催し、組合関係事項の報告を行つた。
(ニ) 控訴人奈良勇(前記基地サプライ・ウエハウス・ブランチ勤務)が同年八月二十八日午後零時二十分頃から零時五十分頃までの間、倉庫北側で職場報告会を開催し、また同年九月十五日午後零時二十分から零時五十分頃までの間、倉庫附近で組合報告会を開催し、いずれも組合関係事項の報告を行つた。
(ホ) 控訴人木崎隆美(右サプライ・ウエハウス・ブランチ勤務)が同月二十二日午後零時二十分頃から零時五十分頃までの間、ウエハウス3A休憩所で職場報告会を開催した。
(ヘ) 控訴人長塚勝正(右サプライ・ウエハウス・ブランチ勤務、前記立川支部副執行委員長)が同日午後零時二十分頃から零時五十分頃までの間、第九三〇号建物附近で組合報告会を開催し、組合関係事項の報告を行つた。
(ト) 控訴人松崎忠夫(右サプライ・ウエハウス・ブランチ勤務、前記支部執行委員)が同日午後零時二十分頃から零時五十分頃までの間、ウエハウス3D休憩室で職場報告会を開催し、組合関係事項の報告を行つた。
(チ) 控訴人鈴木安雄(右サプライ・ウエハウス・ブランチ勤務)が同月十五日午後零時二十分頃から零時五十分頃までの間、第九二四号建物で開催された職場報告会(ウエハウス・ブランチ所属第一倉庫および第二倉庫の組合員約七十名参集)に参加したこと、右控訴人らの行為が在日米第五空軍司令官代理人事局長ブラツドレーより同軍の各基地司令官にあてて発した昭和三十二年十一月十二日付書簡(ブラツドレー書簡)に基づく前記立川基地司令官の同趣旨の本件命令即ち基地内における労務者の組合活動その他の集会等を禁止する命令に違反するという理由で、被控訴人において基本労務契約書の細目書I(人事管理)、G節(制裁措置)3(違反行為および制裁措置)m(命令に対する不服従)の規定に従い、昭和三十四年六月十七日および同月二十四日控訴人奈良勇に対して各五日間の、同月二十二日その他の控訴人らに対してそれぞれ五日間の出勤停止処分をしたこと並びに被控訴人がその間の賃金を控訴人らに支給しなかつたことはいずれも当事者間に争がない。
而して原本の存在並びに成立に争のない甲第三号証、同第五号証、乙第六号証、その方式および趣旨により真正な公文書と推定すべき乙第二号証、同第五号証の一、二、同第七号証の一、二、同第八号証、当裁判所が真正に成立したものと認める甲第八号証の二の各記載、原審証人森田義一、同大久保茂、同鈴木武夫(但し後記措信しない部分を除く。)、同猪瀬和質の各証言、原審における控訴本人長塚勝正の尋問の結果に弁論の全趣旨を綜合して考察すれば次の事実が認められる。即ち、
米極東軍司令部は、昭和三十二年三月十二日在日米陸海空三軍司令官に対し日本国とアメリカ合衆国との間の安全保障条約第三条に基づく行政協定第三条により定められた日本国における駐留軍の施設および区域(基地)に対する管理権に基づいて、基地内における日本人労務者に対する労務管理に関する政策指令を発し、この指令を受けた在日米第五空軍司令官代理である同軍人事局長ブラツドレーは昭和三十二年十一月十二日米第五空軍司令部の名において在日同空軍各基地司令官に対し、「基本労務契約労務者に影響する労務者及び被使用人の関係について」と題する書簡(ブラツドレー書簡)をもつて、基地内における日本人労務者に対して米軍のとるべき労務管理に関する諸事項を指示し、これを関係幕僚および現場部隊全部に示達するように命じた。而して右書簡の第四項のD(6)には、「労働者の大会、示威運動、祝典、政治的又は一般的な会員の会議又は集合は、公式或いは非公式に招集され又は集合したかに関係なく、日米行政協定第三条の規定により司令官の管理する施設内にある間、労務者の食事時間、休憩時間を含む日常基地内滞在時間中は許可しないものとする。上記第三条の規定は次のとおりである。『合衆国は、施設及び区域内において、それらの設定、使用、運営、防衛又は管理のため必要な権利、権力及び権能を有する。』」ということが記載されていた。右ブラツドレー書簡を受取つた立川基地司令官は前記命令に従い管下下部機関に対して右書簡による指示事項を示達するとともに、昭和三十三年二、三月頃、控訴人ら労務者に対し、右書簡が指示したのと同趣旨で、労働者の大会、示威運動、祝典、政治的または一般的な会員の会議または集合は、公式あるいは非公式に招集されまたは集合したかに関係なく、労務者の食事時間および休憩時間を含む基地内滞在時間中は許可しない旨の本件命令を発し、日本人監督者を通じて口頭でこれを伝達した。さらに控訴人らが所属する立川基地サプライおよびサービス部隊の指揮官パカードは基地司令官の発した本件命令を周知徹底させるため、昭和三十三年六月九日同部隊内の各職場監督者に対して本件命令と同趣旨の事項を含む書簡(パツカード書簡)によつて右命令を示達した。而して右パツカード書簡の第二項のCには「労働者の大会、示威運動、祝典、政治的又は一般的な会員の会議又は集合は、正式あるいは非公式の招集、集合のいかんにかかわらず、日米行政協定第三項に従つて司令官の管理下にある施設内においては労働者の昼食時間及び休憩時間を含む日常時間又は基地内にある間許可されない。上記引用した項目には『アメリカ合衆国はその組織、使用、活動、防衛又は統制のため必要とする施設及び地域内における権限、権力及び権威を有する。』と規定されている。」旨の記載があつた。そこで各職場監督者はその頃控訴人ら労務者に対し、口頭で右パツカード書簡の趣旨を伝えるとともに、その飜訳文を各職場に掲示し、かつこれを労務者に配布するなどした。
以上の事実が認められる。原審証人鈴木武夫、同斉藤和義、当審証人山崎金次郎の各証言並びに原審における控訴本人小野慎之の供述中右認定に副わない部分は前掲各証拠と対照して措信し難く、他に右認定を覆すに足りる特段の証拠はない。
以上の事実によれば、前記ブラツドレー書簡による命令に基づく立川基地司令官の本件命令は前記パツカード書簡の発せられた昭和三十三年六月当時既に右基地において労務に従事する控訴人ら労務者に周知徹底されていたことが明らかであるから、本件命令が控訴人ら労務者に対しては未だ発せられていないとしあるいはこれが発せられても控訴人らに周知されていなかつたことを理由として、本件命令の効力を否定する控訴人らの主張は理由がない。
次に控訴人らは、本件命令が労働基準法第三十四条第三項、労働組合法第七条および民法第九十条に違反し無効である旨主張するから按ずるに、
前記日米行政協定第十二条第五項には「賃金及び諸手当に関する条件のような雇用及び労働の条件、労働者の保護のための条件並びに労働関係に関する労働者の権利は、日本国の法令で定めるところによらなければならない。」旨の定めがあるが、この規定によつても明かなように、控訴人ら駐留軍労務者については当然労働基準法や労働組合法が適用される。一般に使用者は労働基準法第三十四条第三項の規定により、労働者に対して休憩時間を自由に利用させる義務を負うものであるが、使用者がその事業施設に対する管理権を有する以上、右管理権の行使として施設内における労働者の休憩時間中の行動を規制しても、それが労働者を完全に仕事から切り離して休息せしめ、労働による疲労の回復と労働の負担軽減を計ろうとする休憩制度本来の目的を害しないかぎり、またその管理権の濫用とならないかぎり、これを違法ということはできない。ところで、在日米軍(駐留軍)は日米行政協定第三条の規定により、日本国内における「施設及び区域内において、それらの設定、使用、運営、防衛又は管理のため必要な又は適当な権利、権力及び権能を有する」のであるが、前記乙第五号証の二の記載によれば、本件命令は駐留軍の使命達成のため、その安全と安定を保持する必要上、日米行政協定の前記規定による基地管理権に基づいて発せられたものであることが認められるから、「極東における国際の平和と安全の維持および日本国の防衛に寄与」するために配備されている駐留軍としては、その使命達成のためには自らの軍隊の安全と安定を保持することが不可欠であり、そのためには厳重に基地内における規律、秩序を維持し、保安上の危険の発生を未然に防止することが要請されるので、(この要請は現に具体的に危険が発生しまたは近い将来具体的に危険が発生する虞れがあると否とに関わりがない。)この駐留軍の特殊性に基づく要請により、本件命令をもつて駐留軍労務者の基地内における集会、示威運動その他軍隊の保安に危険を及ぼす虞れがある集団的行動の禁止を命じたものと解することができる。従つて本件命令は、駐留軍労務者が基地内において、休憩時間中に休息をとることを抑制する趣旨に出たものではなく、事実そのような結果をもたらすものでもないから、休憩制度本来の目的を害するものということはできない。そして本件命令は前示駐留軍の特殊性からする危険発生防止の要請に基づくものであるから、これをもつて基地管理権の濫用とはいえない。従つて本件命令は労働基準法第三十四条第三項に違反するものではない。
また本件命令は、一般に、駐留軍労務者の基地内だけの前記集団的行動を禁止したものであつて、それが組合活動としての行動であると否とを問わないのであるから、労働者を組合活動の故に不利益に差別的取扱をすることを禁止した労働組合法第七条ないし勤労者の団結権その他団体行動権を保障した憲法第二十八条に違反するものとはいえないし、また本件命令が駐留軍労務者の政治的活動の一切を禁止しているのではなく、基地内における集団的行動だけを禁止しているにすぎないから、これをもつて集会、結社その他の政治的活動の自由を保障した憲法第二十一条に違反するものでもない。
控訴人らはさらに基地内における休憩時間中の集会その他の組合活動を行うことは自由であり、これが労使双方をも拘束する労働慣行となつていたにも拘らず、右慣行に違反して本件命令が発せられたものである旨主張するから按ずるに、
昭和二十七年十一月二十九日全駐労と調達庁長官との間で締結された労働協約第五十八条には「調達庁長官は全駐労及びその加盟組合の組合活動の自由を承認し、全駐労の組合員及び組合専従者が事業場内において休憩時間中及び作業時間終了後組合活動をすることを承認する。」と規定され、また同日全駐労と調達庁長官との間に交わされた確認事項三に右労働協約「第五十八条は組合活動自由の原則を確認したものであつて、行政協定第三条に基く軍の権限を排除するものではない。従つて軍の施設又は区域内において組合活動を行うに当つては軍の必要とする手続をとるものとする。」と規定されていたが、右労働協約が昭和三十二年九月失効したことはいずれも当事者間に争がない。而して右確認事項三の規定を参酌して考察すれば、右労働協約第五十八条の規定は駐留軍労務者が日米行政協定第三条に基づく駐留軍の基地管理権の行使を排除しない限度でのみ、基地内において休憩時間中および作業時間終了後に組合活動をすることができる旨を定めたもので、無制限な組合活動の自由を承認したのではないと解するのが相当である。従つて基地管理権に基づいて発せられた本件命令は既に失効した右協約の趣旨に反するものともいいえない。しかのみならず、前記ブラツドレー書簡が発せられる以前、基地内において自由に食事時間および休憩時間を含む日常基地内滞留時間中において集会その他の組合活動が自由に行われ、それが法的に労使双方を拘束する労働慣行ないし慣習法にまで高められていたとの事実を認めるに足りる確証はない。(なお前記労働協約失効の際、全駐労と調達庁長官との間において、同長官が新協約の成立するまでは、従前同様基地内における組合活動の自由を承認する旨の申合せがなされたとの証拠はない。)従つてこれらの労働慣行ないし慣習法の存在を前提として本件命令の無効をいう控訴人らの主張は理由がない。
以上説示のとおりであるから本件命令は適法であり、従つて本件出勤停止処分は有効であるといわなければならない。
而してさらに控訴人らは、労務基本契約書の細目書I、G節3m(命令に対する不服従)に規定する命令には本件命令は含まれないから、右規定を適用してなされた本件出勤停止処分は無効である旨主張するが、本件命令が駐留軍の安全と安定をはかるため、基地内の規律と秩序の維持を目的として発せられたものであることは前認定のとおりであるところ、成立に争のない乙第一号証によれば、前記基本労務契約書の細目書I(人事管理)、G節(制裁措置)1(目的)には同節に定められた制裁は、「労務者をきよう正し、職場の秩序と規律を維持すること」を目的とするものであることが規定されているから、右制裁の対象となる「命令に対する不服従」にいわゆる「命令」とは、控訴人ら主張のように、単に作業遂行上の命令のみではなく、基地職場内の規律と秩序を維持するために発せられるすべての命令をも含むものと解するのが相当である。従つて本件命令違反に対して前記細目I、G節3(違反行為および制裁措置)m(命令に対する不服従)の規定を適用してなした本件出勤停止処分は有効である。
然らば本件出勤停止処分が無効であることを前提とする控訴人らの本訴請求は、爾余の点につき判断するまでもなく失当である。従つて右請求を棄却した原判決は正当で、本件控訴は理由がないからこれを棄却すべきものとし、民事訴訟法第三百八十四条、第九十五条、第八十九条を適用して主文のとおり判決する。
(裁判官 奥野利一 野本泰 真船孝允)